【プロローグ】

 ◆何処に行こうか?


勤続ウン年の記念に、勤務先の会社では連続2週間の休みをいただける。それと好きな時に取得できる5日間連続休暇制度があるので(逆にお盆休みなどはない。)、これと合わせて合計3週間(厳密には、土日合わせるので23日間が最大)を取得することができる。


自分は、前年の夏休みにモンブランに行ったのがとても楽しくて、海外登山にまた是非行こうと帰国してからすぐに思うようになっていた。今回は最大23日間もあるので、この長期休暇でなければ行けない所に行きたかった。これを逃すと次はこのまま働いていたらあと10年先になってしまう・・・


この頃は、海外の山に登りたいという志とは裏腹に、毎週末は仕事疲れでぐったり〜〜〜。山に行こうという気持ちがなかなか起こらなかった。仕事の中身自体も、現在と比べるとずっとストレスがを多くて多忙、何よりも人間関係が大変な職場だった。


その中で、たまたまモンブランでの海外熱の醒めない秋の頃にNHKのBSTVで「エベレスト街道トレッキング」という番組で女優の若村真由美さん(今は、どこぞの教祖様の奥様になっているが、当時は清楚な感じのイメージの方だった)が、エベレスト街道トレッキングに行き、必死の思いでカラパタールに到着して、エベレストを肉眼で見るというものだった。私はネパールトレッキングについては、その時までほとんどあまり意識して調べたり、行ってみようと思うことがなかった。なんとなくネパールというとアプローチで延々の悪路の道のりをキャラバンするイメージで、車酔いする自分には到底行けないだろうと思い込んでいた。ところが、現在はルクラという飛行場にいきなりアプローチできるので、陸路での長い車でアプローチが全くないので、これはなかなか良いかな?と思うようになっていた。エベレストというのは、とてつもなく遠い世界の話で、普通の人では拝むこともできないと思っていたのだが、
初めて実感として「エベレストを肉眼で見ることは今では普通の人でも頑張ればできることなんだ」とわかってきたので、だんだんとその気になってきた。


ただ、本当はトレッキングでなくて、山屋の端くれとしては本当はピークに立ちたいという気持ちも強く、それもできれば雪のピークが本当はいいなあという気持ちも強く、決めかねていた。



 カラパタールに決まるまでの葛藤


年を越して、夏前になると本格的にどこに行くか決めなければならないが、まだ決めかねており、まずはネパール方面ぐらいの感じだった。


それで、モンブランの時にお世話になったAT社のトレッキングパーミッションで登れるツアーの説明会に行ってみた。そしたら自分だけだった。(苦笑)本当は狙っていたパンフレットに謳っている「アイランドピーク」や「パルチャモ」「メラピーク」(いずれも6000M峰で遠征許可がいらないもの)などは、全て一人の申し込みではまずは実際は無理であることが判明した。最低でも2名以上の申し込みがないと実施されないという。運よく他に申し込む2、3名パーティーがいたとしても、こういう長期の遠征隊のようなものだと、よっぽど人間関係がうまくいかないとパーティーが成立できないので、基本的にはお断りしたい方向だということだ。要は誰かもう一人仲の良い人を連れてこないと、この会社ではガイドツアーといえども無理ということだ。

★注:私がネパールに行った翌年か、翌々年ぐらいには、アイランドピークには固定ロープが設置されたそうなので、山岳ツアーを得意としている別の会社では1名実施も可能になっているようだ。山の雑誌の「岳人」にも、ほとんど山を初めたばかりの若い女性がアイランドピークにガイド登山で登っている特集記事が載っていた。現在の実情は本当のところはよくわからないので、興味のある方は各自お調べくださいませ。

ただし、年末年始やGWのツアーで12、3日程度で行ける南米「チンボラソ」やメキシコあたりの5000M峰ならば実施されるし、年末からの人気のアコンカグアツアーも実施しているという。自分は年末年始とGWは超多忙の職場で、全くカレンダーどおりの休みしかとれないので、これまた無理な話だった。アコンカグアはガイド登山だと23日間よりも、もう少し多い日数で予定を組むので当初から考えることもできなかった。


結局、もともとそんなにトレーニングをまじめにやっているほどでもなく、登攀的なことをもっとやっていないと6000Mや雪山の高所は無理だな・・・と半分以上諦めていた。残念な気持ちで少し諦めきれない自分の心を抑えつつ、トレッキングシーズンの約1ヶ月半前の9月初旬にはちょうどよい日程の登山ツアー会社のAL社のカラパタールトレッキングの仮予約の電話をした。


ところが、ふと目にした山岳雑誌の広告で、「アイランドピーク登頂ツアー26日間」(日数はちょっと定かではないが)のが載っていた。これがAD社というその頃まだ発足したばかりの新しい山岳ツアー会社の募集広告だった。ちょうど私の参加予定の出発する前後ぐらいの日程で、「えっ?もしや・・・」と思い、電話をすると、親切に色々と教えてくれた。既に3、4名が申し込んでいて、催行は確実。結構高齢の女性も多く、特別な登攀能力は必要ないという。高度順応に最初にカラパタールに登って、その後でアイランドピークに登るというので早速資料を送ってもらった。またちょうど数日後に「6000M峰に登るための講演会」をやるので来てみたら・・・というので、早速行ってみることにした。


講演会の後で、この前の電話のガイドさんなどと直接話をしてみる。私は正直にAL社には仮予約をしていて、数日内に正式に参加を決めなくてはならないことも伝えた。日程的には確か26日間というけれども、予備日を多めに取っているので、多少ならば短縮は可能という。平岡ガイドという南米方面では有名なガイドさんだったが、是非一緒に行きましょうと言ってくれて、どうしても日程的に辛ければ、本隊とは別に私のために先にアタックしてくれる(ガイドさんが2度アタックに行くことになる)とうプランまで出してくれた。涙がでるほど嬉しかった。
(実際のところ参加者は50歳代後半以上70歳代の方々なので、ガイドさんも一応若い?女性?の参加はやっぱ嬉しいようだった。) さっそく勤務先の会社に根回し。ちょうど11月23日の連休の関係もあって、それと後半が連結できると正規の休みにほんの1日ぐらいを追加すればよいようだ。その時の上司は、山登りが好きな方だったので、「天下のヒマラヤに登れるんだったら、追加の1日ぐらいはいいぞ」とありがたいお言葉をいただけた。(涙)


しかし、これを聞いた
私の親は超マジ激怒状態!! カラパタールのネパールトレッキングに19日間のツアーで行くのも激怒していたのに、さらにとてつもない危ないことをしようとしているというので狂乱錯乱状態に陥ってしまって、涙流して、もう大変大変。それでも、最後は自分の意思で押し切ってしまったが、やっぱり独身の女性は結婚するまでは親の管理下みたいなもんなので(うちの家が単に古いだけなのだけど)、なかなか辛いものでした(シミジミ〜〜)


さあ、やっと親の説得も終わって、飛行機がちゃんと取れれば行けるぞと思っていたら、なんとその年のネパール方面はトレッキングが大盛況で、飛行機の便が取れない!!! AD社ではツアー人数分のチケットをおさええようとしていたけど、ツアー予定日の飛行機が全然とれず。行くのはなんとかなるそうだが、帰りの便が全くとれない。この分だと出発が3、4日間も遅れてしまうという。ツアー会社だけでなく、自分でも他の旅行会社や航空会社に航空券をあたってみたけど、やっぱり取れない・・・。この分だと、
あと3日間位は追加の休暇が必要となる事態になってしまった。色々と検討したけど、やっぱりさすがにそこまでは会社を休むことはできないので泣く泣く断念(涙涙〜〜〜)。


なんか、がっくりしてしまったけど、少しほっとしたような不思議な気落ちの仕方をしたことを覚えている。(とにかく親が泣いて喜んだというので、とても複雑な心境) アイランドピーク自体はガイドさん曰く「鹿島槍ヶ岳の東尾根(バリエーションルートで有名な雪稜)をセカンドで登れるレベルならば登れます」ということだったが、肝心の東尾根は登ったことないし、一応自分の山歴は説明したけど、ちょっとおこがましい程度であることも事実だった。(苦笑)こういうガイドツアーだと、ガイドさんやクライミングシェルパがリードするので、極端な高所恐怖症やへっぴり腰で無ければガイドできるということだろう。こういう登り方は正統派の山屋からみると、ちょっと・・・だが、あと10年経たないとこれほど長い長期休暇は取れないのだから、半分目をつむってでも行きたかった〜〜〜!!!


 ◆エベレスト街道トレッキングへ向けて◆


なんだか、このようにカラパタールへ行くエベレスト街道を歩くことに決まるまでのあれこれがあって、一時はかなり気落ちしたような気分だった。だけど、やっぱり、自分の肉眼でエベレストを見るなんていうのめったにない機会なので、今度は自分の気持ちを高揚させる必要もあって、「今度のトレッキングは撮影モードで一杯写真を撮って来よう、いい景色を一杯眺めて来よう♪」と思って、久しぶりに一眼レフの交換レンズを1本買った。(この頃は、まだ今のようにデジカメは一般的でなかった。)ニコンの28ー200Mのレンズで、今まで持っていたものよりも長めで広角も効くので、楽しみ!

気持ちを完全に切り替えて、いよいよ出発の日を迎えることになった。